Benjamin Fulford



日本の教育を考えるとき以下の事実を参考にしてください:アメリカの人口の3%はユダヤ人だがアメリカのノーベル賞受賞者の27%はユダヤ人だ。アメリカ人の科学分野のノーベル賞受賞者の数は人口の割合では日本の9倍だ。ユダヤ人だと人口の割合で日本の81倍になる。

別のよく言われる比較だと日本一の大学東京大学は世界では40何番目になる。

これで日本の教育の世界的な立場が分かる。

これは遺伝の問題じゃない、教育、家庭内教育を含めての問題だ。教育水準や知能指数は子供の人種じゃなくて育ちの親の人種によるものだと色々な調査で立証されている。例えば黒人の子供は白人の家で育つと白人と同じレベルになる。

もし日本が本気で教育レベルを世界一にしたいなら、かなりの大改革が必要。家庭環境から大学制度まで全部再点検することがその始まりだ。

まず世界のノーベル賞受賞者の調査をやって、かれらの家庭内教育や環境の中の共通点を見つけ出して、日本の親達にそれを教える。

次に保育の仕方を考え直す必要がある。例えばカナダの保育所だと色々な違う種類の遊び場を用意して子供達が好きなときに好きな遊びをする。ママごと、積み木、粘土遊び、砂場遊び、絵描きなどみんなそれぞれ自分の趣味や特集能力によって遊びの割合を決める。日本の場合もすでに護送船団が始まる、みんなが先生の指導の下で同時に決められた活動を同じ割合でやる。子供が受身になる危険性がある。

みんな同じにすることが大事か、みんながそれぞれの持っている特殊能力を最大限に磨くべきかどうか、がその二つのやり方の後ろにある哲学だ。しかし共通の最終目的がはっきりしている、それは全ての学生を最大限に磨くことだ。

小学校や中学や高校もそれぞれ世界の一番いいところを受け入れれば日本の教育がかなり変わるはず。

世界の教育からいろいろな創造がつかない教訓を得られるだろう。

理想的な教育は遊びと同じぐらい楽しいはずだ。例えば子供が熱心にゲーム機でポケモンを集めたり、対戦戦略を考えたり、攻略本を読んだりしている時は勉強をしているつもりじゃない。しかし、よく考えるとその子供はコンピュータを操作しながらその説明本を読んでいる。一種の勉強だ。日本の企業家や天才達の個人の話を聞くとやっぱり子供の頃たくさん遊んだ人たちが多い。つまらない勉強ばかりすると馬鹿になる。

無理矢理練習の繰り返しで何かをおぼえさせても、ある程度の成果しか期待できない。心が燃えている人に必ず負ける。例えば三歳から毎日ピアノの練習させられる子供と、ピアノが自己表現のすばらしいおもちゃと思う子供が競争をすれば、やっぱり好きでしょうがない気持ちでやっている人の勝ちだ。

もうひとつの原則としていえることは、脳みそを小麦を小麦粉にする工場にたとえると日本の教育では小麦(知識)が沢山蓄えられる。しかしその小麦を小麦粉にする機械があまり強く作られていない。アメリカはどちらかというとその逆。

欧米から知的主導権をとるには、やっぱり欧米の議論、討論、論理、の武術を学ぶことが先決だ。

一番手っ取り早い方法は世界の超一流ブレーンをみんな雇うことだ。人類の歴史上こんなにたくさんの外貨を持った国が無い。それのほんのわずかを使うことによって全てのノーベル賞学者などのブレーンを日本国家の従業員に出来る。彼らから吸収できるものを全部吸収して日本人に普及できる。

もうひとつの原則として脳みそというものはある意味で木と同じだ、太陽のある方に枝が伸びる。日本の場合はすごい枝がある。欧米人と東洋人が枝分かれをしたのは4万年前です。日本は欧米の持ってない4万年分の民族の知恵や知識を持っている。それに日本は今まで欧米からたくさん学んだ。そういう意味で日本文明は勝る。両方の良いところをとっている。しかし、まだまだ欧米から学べるべき事がある。

それを全部学ぶと人類の主導権を奪いとることが出来る。そのためにも勿論全世界から一番優秀な人たちを集めて日本人にする。例えば、もし日本が一年に60万人の移民(良い民)を入れるとしたら、日本人の200人に一人、になる。しかし中国の場合日本人になれる人は倍率で言えば2000人に一人。東大より難しい。そういう優等生を入れることによって日本の教育現場の刺激になる。

ここで強調したいことは、日本は世界から一番良いやりかたを吸収する立場にある。それに、世界の一番頭の良い人たちを雇う立場にある。だから日本は教育をあらゆる意味で世界一にする立場にもある。